2026.10.22

「レタス」から「医療」「宇宙」へ。植物工場は新たな産業を生み出せるか  〜約20か国が集った国際シンポジウムで見えた、植物工場の未来〜

REPORT

#植物工場 #国際シンポジウム #植物工場研究会

「植物工場」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。LEDの光の下に、レタスが何段にも並ぶ光景を想像する人も多いと思います。

しかし、いま植物工場に期待される役割は、野菜を安定して生産することだけではなくなりつつあります。人の健康を支える食品や原料をつくる、新たな事業を生み出す、さらには宇宙での暮らしを可能にする。その活用先は、農業の外へと広がっています。

植物工場は、世界的なブームと、その後の事業再編を経験してきた産業でもあります。

2010年代半ばには、屋内に多段式の棚を設けてLED照明や水耕栽培で作物を育てるスタートアップが米国を中心に相次いで誕生し、多額の資金を集めました。一方で、2020年代に入ると状況は一変します。設備投資の負担や電気代の高騰、人件費の増加で収益化が難航するとともに、スタートアップ投資の冷え込みで追加の資金調達も難しくなりました。その結果、米国や欧州では、企業の事業停止や経営破綻が相次いでいます。存続した企業も、採算の取りにくい葉物野菜から、単価の高い作物へ事業の軸を移すなど、再編を迫られています。

こうしたなか、日本では植物工場が改めて成長政策の対象になっています。2026年7月に閣議決定された「日本成長戦略」では、植物工場を含むフードテックが戦略17分野の一つに位置づけられました。植物工場には2040年度までに4.6兆円の官民投資が想定されており、これによる経済波及効果は36.8兆円と見込まれています。

出典:戦略17分野における「主要な製品・技術等」の官民投資ロードマップ、同 参考資料

注目したいのは、工場の数を増やすことだけが政策の狙いではない点です。

ロードマップには、栽培データや設備、運営ノウハウを組み合わせた植物工場システムの国内外への展開、葉物野菜以外への品目拡大、機能性成分や医薬品原料となる作物の生産などが含まれています。さらに、品種や栽培技術を開発する研究拠点や、AIを活用するためのデータ基盤の整備も構想されています。

植物工場にいま求められているのは、個々の施設をどう成り立たせるかを超えた、産業全体の描き方といえます。工場を核に、設備やデータ、品種開発、海外展開までを一体でつなぐ視点のもと、産業として本格的に育てていく段階に入りつつあります。そのなかで、何をつくり、誰のどのような課題に応えるのかが、次の論点になっています。

植物工場はこの先、何を生む場所になるのか

2026年8月31日と9月1日、柏の葉で「第3回JPFA植物工場国際シンポジウム」が開かれ、約20か国から研究者や事業者、行政関係者など約200名が集まりました。講演者には、国際連合食糧農業機関(FAO)やドイツ航空宇宙センター、米アリゾナ大学に加え、QS世界大学ランキング(2026年版)の農学・林学分野で首位に立つワーゲニンゲン大学・研究センターの研究者などが名を連ねました。農林水産省や外務省、千葉県、柏市の後援のもと、産業界と学術界を横断して植物工場の将来を議論する場となりました。

出典:QS World University Rankings by Subject 2026: Agriculture & Forestry

植物工場の特徴は、光や温度、養液などの栽培環境をコントロールできることです。天候に左右されにくく、一定の量と品質で野菜を生産できることは、いまも重要な価値です。その強みを、健康や食料供給、事業づくりへどうつなげるのかが、今回のシンポジウムの大きなテーマの一つでした。

その舞台となった柏の葉には、植物工場の研究と実証を積み重ねてきた歴史があります。シンポジウムを主催した植物工場研究会は、千葉大学柏の葉キャンパスに拠点を置き、研究開発や人材育成、事業化支援を続けてきました。名誉会長の古在豊樹氏は、長年にわたり植物工場の研究開発・教育・普及に取り組み、2024年度には文化功労者に選ばれました。キャンパス内の植物工場には、これまでに延べ55,000名以上が見学に訪れ、国内外の関係者が集まる研究の拠点となっています。

植物工場が住民の健康を支える。「Biological City」という考え方

植物工場に求められる役割の変化を、より広い視点から捉えたのが、国立がん研究センター理事・先端医療開発センター長の土原一哉氏です。

「健康の未来は医療だけではつくれないと考えています。医療、農業、技術、都市デザインを一緒にすることで、健康の未来はつくられます」と土原氏は、医療に閉じない健康づくりの必要性を訴えました。

土原氏が示したのは、「Biological City」という新たな都市像です。

「私たちは、Mechanical City、機械的都市から、Biological City、生物学的都市へ移ろうとしています。生物学的都市では、インフラは人を運び、エネルギーを配るだけではありません。人の生物学的な営みも支えます」と、これからの都市の役割を説明します。

都市インフラに食や健康の視点を加え、人が健康に暮らすための環境まで街の仕組みとして組み込む。それがBiological Cityだといいます。

この構想の出発点にあるのは、医療を取り巻く課題の変化です。かつては結核や肺炎などの感染症に対し、病院での治療や、薬やワクチンの開発が大きな役割を果たしてきました。一方、現在は、がんや心疾患、脳卒中、糖尿病などの慢性疾患が、死亡や障害の主な原因となっています。こうした病気は、発症してから治療するだけでは対応しきれません。

「病院がどうすれば病気をよりよく治療できるかだけでなく、都市がどうすれば人々の毎日の健康を支えられるかを問う必要があります。ここで農業が非常に重要になります」と、病院の外へ健康づくりを広げる必要性を説きました。

その実現に向けた一つの手段として、土原氏が可能性を示したのが植物工場です。

例えば、慢性腎臓病などで食事の管理が必要な人に向けた低カリウム野菜や、特定の抗酸化物質を多く含む植物を、管理された環境で安定して生産する。植物工場を、単に野菜の量を増やす施設ではなく、求める特性を持った食品や原料をつくる基盤として活用するという発想です。

「次世代では、どれだけ生産するかだけでなく、何を生産するかに焦点を当てるべき。植物を高精度の生物学的製造ユニットとして捉えます」と、植物工場の新たな可能性を示しました。

一方、植物工場を医療や健康に結びつけるには、高い精度が求められます。具体的には、同じ特性を繰り返し再現できることや、どのような条件で育てたかを追跡できることです。農業の精密性を、医療に求められる水準へ近づけることが、実現に向けた課題になります。

では、こうした構想をどこで検証し、実際の健康や医療につなげていくのか。土原氏がその具体例として挙げたのが、柏の葉です。

柏の葉には、植物工場研究会や実証施設に加え、千葉大学、国立がん研究センター東病院、企業の研究・事業開発の拠点が近接しています。農業、研究、医療のそれぞれを担うプレイヤーが、同じエリアに集まっていることが大きな特徴です。

「なぜ物理的な近さが重要なのか。大学が有用な生物学的機能を持つかもしれない新しい植物品種を発見したとします。近くの植物工場で育て、研究者が分析し、私たち臨床医が健康上の可能性を評価できます」と、柏の葉で想定できる連携の流れを説明しました。

こうした一連のプロセスを近い距離でつなげられれば、アイデアの検証や実用化を進めやすくなります。

約6億4,500万人が飢餓に直面する現代。植物工場が果たせる役割

健康への貢献に加え、食料を安定して届けるうえでも、植物工場には期待が寄せられています。

FAO駐日連絡事務所長の日比絵里子氏は、世界の食料安全保障を取り巻く現状を紹介しました。2025年時点で、約6億4,500万人が飢餓に直面し、約27億人が健康的な食事を経済的に手に入れられない状態にあります。極端な高温や干ばつ、洪水など、気候変動による農業への影響も無視できません。

出典:The State of Food Security and Nutrition in the World 2026(FAO)

日比氏によると、食料安全保障には四つの条件があります。

十分な量と質の食料がある「供給可能性」、必要な人が入手できる「アクセス」、安全で健康的に活用できる「利用」、そして継続して手に入る「安定性」です。

「四つすべてが満たされて初めて、食料安全保障が確保されていると言えます」と日比氏は語ります。

このうち、植物工場が貢献し得るのが、「供給可能性」と「安定性」の二つです。温度や光などを管理した環境で育てるため、天候や季節の影響を受けにくく、一年を通して計画的に生産できます。

ただし、植物工場だけで四つの条件をすべて満たせるわけではありません。設備や電力にコストがかかり、販売価格が高くなれば、必要な人が買えるという「アクセス」の課題は残ります。

だからこそ、生産量を増やすだけでなく、価格や加工、物流、販売まで含めて考えることが求められます。必要な食料を安定して届ける仕組みの一部として、植物工場を捉える視点も重要になっています。

地上から宇宙へ。植物工場が生命維持を支える未来

「限られた条件のなかで食料をつくり、届け続ける」という課題の範囲を、さらに押し広げていくと、議論は宇宙にまで及びます。

千葉大学大学院園芸学研究院教授の彦坂晶子氏は、「食料から医薬品、地上から宇宙へ」をテーマに、植物工場の用途が食料生産から医薬品原料へ、さらに宇宙での利用へと広がる可能性を示しました。

そして、宇宙での植物生産を具体的なシステムに落とし込んで研究しているのが、ドイツ航空宇宙センターです。同センターでプロジェクトマネジャーを務めるClaudia Philpot氏が紹介した「EDEN LUNA」は、将来の月面利用を想定し、地上で植物栽培や加工技術を検証する施設です。

宇宙では、水や養分を使い捨てにすることができず、人が栽培に割ける時間も多くありません。そのためEDEN LUNAでは、植物を育てる設備だけでなく、水や養分を循環させる仕組みや、作業を支援するロボットなどを組み合わせ、限られた資源と人手で食料を生産し続けるシステムを検証しています。

こうした環境では、植物工場は単に野菜をつくる設備ではなく、食料生産、資源循環、自動化を一体で担い、人が暮らし続けるための生命維持システムの一部になります。

また、宇宙という限られた環境で培われる省資源化や自動化の技術は、地上の植物工場をより少ない水やエネルギー、人手で運営するためのヒントにもなり得ます。宇宙での利用を考えることは、地上の植物工場のあり方を考え直すことにもつながっています。

コストより先に価値を考える。植物工場を事業として成り立たせる発想

植物工場の活用先がどれだけ広がっても、事業として続かなければ、その可能性は形になりません。では、何から考え始めればよいのでしょうか。

一つの答えを示したのが、Oishii Farm共同創業者兼CEOの古賀大貴氏です。同社は2017年に米国で創業し、完全閉鎖型の植物工場でイチゴを安定して量産してきたスタートアップです。2026年5月には約240億円を調達し、累計の調達額は525億円に達しました。同年8月には、東京都羽村市に研究開発拠点「オープンイノベーションセンター」を開所し、50以上の企業・団体と連携しながら、生産技術やロボティクス、AIなどを組み合わせた研究を進めています。

植物工場で利益を出そうとすると、電気代や人件費をどう下げるかという議論から始まりがちです。しかし、古賀氏が最初に置くのは売り方です。「何を、どこで、いつ売るか、どんな付加価値をつけて高く売るかを考えることが第一です」と語ります。

同社が選んだのは、日本の高品質なイチゴを、おいしいイチゴが手に入りにくかったニューヨークで販売する事業です。植物工場で育てやすいものから考えるのではなく、顧客が価値を感じる作物と市場を定め、そこから生産の仕組みを組み立ててきました。

さらに同社は、作物そのものにも手を入れています。植物工場の環境を前提とした、専用品種の開発です。古賀氏によれば、いまは品種を選抜する環境を、屋外から工場内へ移す段階にあります。今後はAIの活用で、品種開発がさらに加速する可能性もあるといいます。

顧客にとっての価値から考える姿勢は、業務用の葉物野菜を扱う事業者が登壇したパネルトークでも語られました。

葉物野菜の生産・販売などを手がけるMIRAI株式会社代表取締役社長の野澤永光氏は、顧客に対して「植物工場の野菜を、なぜ買わなければいけないのか、植物工場の野菜じゃなきゃダメなのか、というところを、あえて私から聞くようにしています」と話しました。植物工場で育てたこと自体を売りにするのではなく、顧客が選ぶ具体的な理由を突き詰めるためです。

その一例が、価格の捉え方です。仕入れ単価だけで比べれば、植物工場の野菜は露地栽培の野菜より高くなる場合があります。しかし、外葉や芯などの廃棄部分が少なく、仕入れた量の多くを実際の商品に使えれば、必要な量は抑えられます。下処理にかかる人手や、品質と供給量の安定性まで含めると、加工現場にとっての実質的なコストは単価だけでは判断できません。

野菜流通カット協議会会長の木村幸雄氏も、葉の形や洗浄のしやすさによって、仕入れた野菜のうち実際に商品として使える割合、すなわち「歩留まり」が大きく変わると説明しました。

高品質なイチゴでも、業務用の葉物野菜でも、出発点は使う側が感じる価値にあります。何をつくるかを買い手の側から考えることが、植物工場の可能性を事業として形にする第一歩になっています。

植物工場を「産業の起点」に。柏の葉で探る新たな可能性

植物工場の役割は、医療、食料供給、加工、物流、AI、ロボット、宇宙へと広がりつつあります。

健康上のニーズに応える食品や原料をつくるには、医療やバイオの知見が必要です。安定生産と省エネルギーを両立するには、空調、照明、センシング、データ解析、自動化が関わります。さらにそれを事業として続けるには、加工、物流、販売まで含めた設計が欠かせません。

見方を変えれば、植物工場は単独の技術や産業として完結するものではなく、異なる技術や企業が接続し、新しい価値を生み出す「産業の起点」になり得ます。

本シンポジウムも、国内外の研究者や事業者が分野を越えて知見を交わし、それぞれの立場から植物工場の新たな活用可能性を考える機会となりました。

植物工場で何をつくり、どのような課題の解決に生かすのか。そこに、自社の技術や事業をどうつなげられるのか。

こうした問いを、農業の内側だけで考えるのではなく、医療、研究、流通、事業など異なる分野の当事者と持ち寄り、実証や事業化につなげていく。その接点を具体的に探れることが、柏の葉という場所の一つの特徴です。

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