印刷技術がスマホやリチウムイオン電池の事業へ!技術に新たな用途を見出すために必要なことは? ―「サイエンスを肴に、街で飲むーScience Bar」
REPORT
#サイエンスバー #印刷技術

プリントシール、クレジットカード、スマートフォンのディスプレイ、食品のパッケージ。
普段何気なく手にしているこれらの製品にも、実は「印刷」を起点に発展してきた技術が数多く使われていることをご存じでしょうか。
雑誌や本を買う機会が減り、紙の印刷産業は縮小しているという印象を持つ方も多いかもしれません。一方、印刷の工程を細かい技術に分解してみると、ディスプレイや電子部品、電池など、一見遠くにある産業とのつながりが見えてきます。
2026年8月21日、柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)で開催された第9回「Science Bar 柏の葉」。Science Barは、柏の葉の企業や研究者などが、お酒や食事を楽しみながらサイエンスや技術について語り合う交流の場です。
|Science Barの概要は、シリーズ1本目の記事 で詳しくご紹介しています。あわせてご覧ください。
今回登壇したのは、大日本印刷株式会社(以下、DNP)研究開発・事業化推進センター イノベーション推進ユニット ユニット長の山本学さんと、食品パッケージなどに使われるグラビア印刷の製版装置を開発する株式会社シンク・ラボラトリー 代表取締役の重田核さんです。
DNPは柏の葉に研究開発拠点を構え、シンク・ラボラトリーは柏市に本社を置いています。
同じ「印刷」を出発点としながら、異なるアプローチで技術を広げてきた2社。お酒を片手にその歩みをたどると、自社の技術をどう捉え直し、新たな事業へ広げていくのか、という問いに対する答えやあり方が見えてきました。
印刷会社が半導体やディスプレイ?知られざるDNPの現在地

最初に登壇したのは、DNP 研究開発・事業化推進センター イノベーション推進ユニット ユニット長の山本学さんです。
DNPは1876年に創業し、2026年に150周年を迎えました。グループの売上高は約1兆5千億円、従業員数は約3万6千人(2026年3月期、連結)にものぼります。
DNPと聞くと、まずは印刷の会社、と想起する方も多いのではないでしょうか。
しかし、雑誌や漫画を買う機会が減り、紙の印刷の市場が縮小する一方で、DNPでは半導体やディスプレイ関連部材などを扱うエレクトロニクス部門が、利益面で実は大きな比率を占めていると山本さんは語ります。
なぜ、印刷の会社が半導体やディスプレイを手がけているのでしょうか。
山本さんは「私どもはこの印刷技術を核といたしまして、さまざまな展開をしている」と語り、その背景を説明するために「印刷とは何か」というところまでさかのぼりました。
「この工程って他にも使えるんじゃないか」から広がったDNP
DNPにとって大きな転機の一つとなったのが、1951年の軟包装分野への本格参入でした。本や雑誌だけでなく、ビニールやセロハンなどの包装材にも印刷するようになり、そこから技術の用途が広がっていったそうです。
印刷の工程は、大きく企画・設計、版づくり、印刷、加工の4つ。これを製品ではなく技術で捉え直すと、情報処理、微細加工、精密塗工、後加工という4つの技術になります。
例えば版づくりでは、金属の表面にフォトレジストと呼ばれる材料を塗り、エッチングによって微細な凹凸や穴をつくります。本来は印刷のための技術ですが、DNPはそれを印刷の中だけに閉じ込めませんでした。
山本さんによれば、社内の人がふと思いついた「この工程って他にも使えるんじゃないか」という発想から、印刷用の版に細かな穴を開ける技術を、薄い金属板の加工にも応用していったといいます。
その一例が、カラーテレビに使われた「シャドウマスク」です。ブラウン管式のカラーテレビで、電子ビームを赤・緑・青の蛍光体に正確に当て分けるための、細かな穴が開いた薄い金属板です。DNPは1958年、このシャドウマスクの試作に日本で初めて成功しました。

写真:シャドウマスク(DNP)
ブラウン管そのものは使われなくなりましたが、微細加工の技術はそこからエレクトロニクス分野へ広がり、現在は有機ELディスプレイの製造に使われるメタルマスクなどにもつながっています。
「いろいろなものを作っている会社なんですけれども、我々から見れば、印刷工程の一つ一つから派生していったものなんです」と、山本さんは話します。
完成した製品だけを見れば、まったく別の事業にも見えます。しかし源流までさかのぼれば、印刷のために磨いてきた技術を別の課題に当てはめ直してきた歴史がありました。
プリントシールも、社員証も、スマホも。身近に広がる印刷技術
一見すると印刷とは結びつかない身近なものにも、その技術は多く使われています。
例えば、プリントシールや証明写真機に使われる昇華型熱転写方式。染料を熱で飛ばし、表面の層に染み込ませることで、滑らかでにじみの少ない写真を印刷する技術です。

写真:証明写真機Ki-Re-i(株式会社DNPフォトイメージングジャパン)
実は、この技術は柏の研究所で開発されたもので、もともと布への印刷に使われていた昇華転写を、写真用途へ応用したものだといいます。染料を表面の受容層の内部まで染み込ませるため、表面が滑らかで色あせしにくく、写真をきれいに仕上げられるのが特徴です。
さらに、一枚ごとに異なる写真や氏名、文字を印刷できるため、プリントシールや証明写真だけでなく、社員証など個別発行が必要なカードにも活用されてきました。
ここでつながってくるのが、印刷工程の最初にある「情報処理の技術」です。印刷では、紙にインクを載せる前に、文字や画像などのデータをつくり、必要な情報を正しい位置に配置する工程があります。DNPは、こうした情報処理の技術も印刷の一部として長年培ってきました。
その技術は、やがてクレジットカードや交通系ICカードのような、情報そのものを記録し、読み書きする製品にも広がっていったといいます。DNPではカードの材料だけでなく、内部の非接触IC用アンテナや、カードに格納する情報の書き込みまで手がけています。
また、「薄く、均一に塗る」という精密塗工の技術から生まれたのが、スマートフォンやテレビ、パソコンの画面に使われる光学フィルムです。フィルムの表面にごく薄い層を均一に形成することで、光の反射を抑えたり、画面を見やすくしたりする機能を持たせています。
もともとは印刷でインクや材料を均一に塗るために磨かれてきた技術が、ディスプレイの性能を支える技術へと姿を変えました。この光学フィルムも、柏の研究所で生まれた技術です。さらに、包装材を形に仕上げてきた後加工の技術は、リチウムイオン電池の外装材である「バッテリーパウチ」へと展開されました。

写真左:光学フィルム / 右:バッテリーパウチ(DNP)
プリントシール、社員証、ICカード、スマートフォンの画面や電池。一見共通点のない製品も、印刷工程までさかのぼれば、同じ技術から枝分かれしてきたことが見えてきます。
柏の研究所では現在、EVへのワイヤレス給電、植物工場、メディカル・ヘルスケアなど、さらにその先を見据えた研究開発も進んでいるそうです。
印刷のために磨いてきた技術を、時代ごとの新しい課題へどう結びつけていくか。DNPの歩みからは、既存技術を捉え直すことが、次の事業を生み出す出発点になり得ることがうかがえました。
食品のプラスチック包装を支える、グラビア印刷

続いて登壇したのは、株式会社シンク・ラボラトリー 代表取締役の重田核さんです。
1966年創業のシンク・ラボラトリーは、食品パッケージなどに用いられるグラビア印刷の製版装置を中心に、印刷・製版に関わる産業機械を開発してきました。現在、グラビア印刷は、私たちの身の回りのお菓子や食品のプラスチック包装にも広く使われています。
金属製の筒の表面に細かな凹部をつくり、そこに残したインクをフィルムへ転写することで、大量かつ高品質に印刷する。この「版」をつくる工程を自動化する装置を開発してきたのがシンク・ラボラトリーです。同社の装置は国内の多くの製版現場で使われ、海外38か国にも納入されています。

写真左:グラビア印刷でつくられた食品包装の例 / 右:グラビア印刷の版となるシリンダー
ただ、食品パッケージの需要は続く一方で、求められる印刷のあり方は少しずつ変わってきたといいます。グラビア印刷は大量印刷に強い一方、多品種・小ロットには向きにくいという課題がありました。
重田さんによると、一般的に採算を合わせるには4,000メートル以上の印刷が必要です。しかし、実際に必要なのが2,000メートル程度であれば、余った包装材は廃棄につながります。
そこで開発してきたのが、版を使わない水性インクジェット印刷機でした。製版工程を省き、データから直接印刷できるため、納期短縮と小ロット生産を両立できます。

写真:軟包装用水性インクジェットプリンター「FXIJ type1000 FullAuto」
重田さんは「必要なものを必要な量だけ作る。生産するところに近いところで作る」と、考え方を語りました。
必要な分だけを無駄なくつくる。インクジェットは、変化する需要に合わせて印刷のあり方そのものを見直す技術でもあったのです。
改良を速めるため自社製造へ。インクとインクジェットをセットで手がけるワケ
ただし、プラスチックフィルムに水性インクで印刷するのは簡単ではありません。
フィルムは水を吸わないためインクが乾きにくく、熱を加えるとフィルムが伸び縮みして印刷位置がずれてしまいます。そこで同社は、フィルムをベルトに真空吸着させて動きを抑え、各色の印刷の間に温風乾燥を入れる仕組みを開発しました。
2014年の開発当初はUVインクを使っていましたが、臭気の問題から食品用途には適さないと判断し、2016年ごろから水性インクへ転換。さらに、外部企業と共同開発していたインクも、改良を速めるため自社製造へ切り替えました。
重田さんは「インクとインクジェットっていうのは、セットで開発しなくちゃいけない」と語ります。
印刷機だけではなく、インクや乾燥方法まで一体で設計する。その体制によって、課題を見つけてから改良するまでのサイクルも速くなったといいます。
こうして開発した機械は、オーストリアの食品会社の研究所を皮切りに、国内外の食品メーカーへ導入が広がりました。輸出先ごとに異なる言語や表示を版なしで刷り分けるなど、多品種・小ロットならではの用途も生まれています。

写真:FXIJ(水性インクジェットプリンター)印刷サンプル
食品の袋から、スマートフォンの電子部品へ
シンク・ラボラトリーでも、DNPと同じように「印刷で磨いてきた技術」が、別の産業へ広がっています。
ただし、その広げ方は少し異なります。DNPが印刷工程を要素技術に分解し、さまざまな産業へ横展開してきたのに対し、シンク・ラボラトリーはグラビア製版で培った微細加工や表面処理の技術を深く掘り、その延長線上で電子部品や電池分野へ用途を広げてきました。
その一つが、積層セラミックコンデンサです。スマートフォン1台に1,000個ほど使われるという小さな電子部品で、内部には薄い電極が何層にも重なっています。
性能を高めるには、電極を薄く、均一に、正確につくることが重要です。そこで、食品パッケージに絵柄を印刷してきたグラビアの技術が、電極を形成する工程にも応用されるようになりました。絵柄をきれいに刷る技術が、電子部品をつくるための精密な加工技術へ変わったというわけです。
もう一つが、「DLC」と呼ばれる硬い膜です。もともとはグラビア版の表面を保護するために研究してきた技術ですが、現在ではリチウムイオン電池の製造設備にも応用されています。例えば、電池の電極を押し固める大型ローラーにDLCを施すことで、摩耗を抑え、寿命を延ばすことができます。
「グラビア印刷」という一つの技術を掘り下げていった先に、まったく別の用途が現れる。シンク・ラボラトリーの歩みからも、新たな事業の種は必ずしも新しい技術の中だけにあるわけではないことが見えてきます。
変わるものと、変わらないもの。印刷の本質とは

質疑応答では、これからの印刷についても議論が広がりました。
印刷の現場では20年以上前につくられた機械が現在も稼働する一方、電子部品の分野では変化が速く、10年ほど先を見据えて開発する必要があると重田さんは話します。
シンク・ラボラトリーは製版装置にもAIを取り入れ始めており、画像検査では元のデータと画像の照合に活用して、検査時間を短縮しているということでした。
では、技術や市場が変わるなかで、「印刷」において変わらないものは何なのでしょうか。
山本さんは、印刷物をルーペで見てほしいと会場に呼びかけました。写真も文字も、拡大すれば小さな点の集合です。そして「印刷技術っていうのは、別に絵柄をペタッと作る技術ではなくて、いかにきれいな点を、いかに正確なところに置いていくかっていう技術」と語りました。
何をつくるかは変わっても、「必要なものを、必要な位置へ正確に置く」という本質は変わらない。その捉え方が、紙からディスプレイへ、食品パッケージから電子部品へと用途を広げる土台になっています。
横に広げるDNP、深く掘るシンク・ラボラトリー

最後に総括したのは、国立がん研究センター先端医療開発センター長の土原一哉さんです。
「技術を横に広げていく会社と、深く掘り下げていく会社。その違いもとても興味深かったです。
これまでは顧客がニーズを持ってきてくれたと思いますが、これからは、与えられたニーズに応えるだけでなく、自分たちで新しい市場やニーズをつくっていくことが必要になるでしょう。
柏の葉という場所は、企業や住民がつながりながら、新しいニーズを生み出していける可能性があると思っています。ぜひそのような新しい一歩を、この柏の葉から広げていきたいと、改めて感じました」
2社が柏に拠点を置いた当初の理由は、用地の価格や高速道路へのアクセスなど、実務的なものだったといいます。しかし現在、その周辺には企業、大学、研究機関など、異なる専門性を持つ人が集まっています。自社では当たり前になっている技術も、違う分野の人が見れば、別の用途が見えるかもしれません。
印刷工程からディスプレイへ。食品パッケージから電子部品へ。
今回の2社の歩みから見えてきたのは、技術そのものを新しくすることだけがイノベーションではないということです。すでに持っている技術を違う角度から捉え直し、異なる知識や課題と出会わせる。その先に、新たな用途や事業が生まれるのではないでしょうか。
Science Barは、企業や研究者がそれぞれの技術や課題をあえて難しいレベルで共有することで、普段は接点のない研究者・技術者同士が直接問いを交わす場です。こうした出会いから、新たな共同研究やプロジェクトが動き出すこともあります。
次回は、どのような技術や研究が登場するのでしょうか。詳細は決まり次第、柏の葉共創機構のウェブサイトでお知らせします。ぜひ次回の開催にもご注目ください。
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